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火打山、焼山、北面台地

2001年4月21日〜22日 火打山、焼山、北面台地テレマークツア 東芝山岳部 太田、塚田
10年近く前に大感動した、焼山北面台地。今回は火打山から北面に降りる計画を組んだ。が、杉の原スキー場は営業中止でやむえず黒沢まで車で入り、南面台地経由の周遊コースに急遽計画変更。しかし結果は北面台地にいつの間にか行ってしまった大変な山行となってしまった。富士見平からの火打山と焼山
21日 高谷池ヒュッテへ、火打山往復
8:30 笹ヶ峰発。何組も先行を行っている。シールを付けて先ずは黒沢出合に向かう。影火打の登り、後ろは妙高山
9:20 黒沢出合。黒沢をそのまま登るか、夏道をと判断するところだが、黒沢に十分雪が付いているので、そのまま黒沢を行くことにする。天気が良いし、気温も高く、汗がダラダラと出る。途中一ヶ所沢が割れていて、そこで渋滞となっている。皆左岸より越しているが、待つのも面倒なので右岸より越えていく。ここで振り返ると、高妻山、乙妻山が見渡せて、高度を上げてきたのが良く分かる。
1900m辺りから、沢を離れて左手の緩やかな斜面に入り、富士見平を目指して登っていくと、一踏ん張りで火打、焼山、金山が見渡せる白い平地に10:30着く。ここで大休止を取る。今宵の宿の高谷池ヒュッテまで登りはもう無いので安心。
黒沢岳の斜面をトラバースしていくとダンダン小屋が大きくなっていく。
11:30 たどり着いた小屋は、今日から営業で今シーズンの最初の宿泊者名簿に名前を書いた。が、どうもかなりの人が昨日から泊まっている雰囲気がある。先ずは昼飯をかねてビールを飲んでホッと大休憩を取る。とやはり泊まり客と思える人達が結構小屋に入ってくる。いろいろ検討の結果、トイレ掘りのボランティアと言うことが解った。昨日から小屋開きの為、入山しており、トイレ掘りすると小屋代がただになると言うことだった。
13:10 少し大休憩しすぎたが、火打山を目指して出発する。夏には池のはずの雪原を横切り、火打山まで片斜面をトラバース気味に登っていく。
14:30 火打山頂に到着するが、太田氏は先ほどの酒が利いたちっとも来ない。仕方ないのでシールを外して5ターン程遊んで見る。やっと太田氏が来た。山頂よりの展望は少し雲もでているが、北面台地、焼山、金山、それに妙高が美しい。
15:10 大休止した山頂を発って南南東に続く雪の尾根に滑り込んでいき、途中より天狗の庭の台地に滑り込む。標高差350mの快適な滑降である。天狗の庭へはほんの僅かな斜度の登りであるため、逆ハの字で登り切る、疲れる。
15:40 高谷池ヒュッテ着。小屋前で火打の展望を楽しみ、小屋に入る。小屋の中では、既に何組が宴会モードであるので我々も夕飯前の宴会に突入した。明日の軽量化の為、つまみを平らげ、金に物を言わせて小屋のビールを何本も買って楽しく過ごした。夕飯は、ハヤシライスであった。20時ぐらいに就寝するが、例のトイレ堀隊は、全員仲間らしく、遅くまで飲んでいた様だった。
火打山22日 南面台地を目指したが北面台地へのエクスペディションルートをとってしまった。
朝、起きてみると天気は曇りの様である。それでも視界は利いている。ちょっと残念がっているうちに天候は回復し、晴れてきた。ラッキー。朝飯は牛丼。どうもこの小屋はレトルトの丼もの傾向である。火打山頂よりの北面台地
6:55 小屋を発。我々が最初の出発組である。今日は、初めて焼山に登り、未知の南面台地ルートを行くので早立ちしたわけ。天狗の庭からの火打が朝日に当たりとても美しい。昨日と比べると、斜面が固いがシールを利かせて山頂まで登る。
8:10 火打山頂。朝の斜光で、北面台地や焼山方面が、ハッキリと見渡せる。写真を何枚も撮る。前から気になっている鉾ヶ岳方面の展望も素晴らしい。さて、いよいよ未だ足跡を残していない焼山への道である。先ずは、雪の解けたハイマツ帯の中を下降し、影火打とのコルに出る。当初予定した影火打コルから北面台地に降り立つルートが良く分かる。ちょっと観察した後、影火打を左手より丸く巻くが、時期に細いリッジになる。しまいには、アイゼンを付けた急傾斜で特に北面台地側にスッパリと切れている。ちょっと緊張をするところである。焼山迫る
9:40 たどり着いた焼山とのコルからは、ひときわ焼山がでかく見える。焼山の斜面も素晴らしいの一言である。また、高妻山方面も素晴らしい。このままこのコルより南面に滑りたくなるような素晴らしい斜面が続いている。しばらく休憩していると、北面台地から見る見る内に雲が湧き寄せてくる。時期に消えるとたかをくくって焼山の登り始めるが、いっこうに消えない。それどころか、どんどんガスは濃くなり、焼山中腹辺りでは全く視界が無くなる状況。また、斜度もきつくなり、ツボ足で登る部分もある。硫黄の臭いが、漂ってくる。山頂が近い証拠である。視界の無い中を、シール登行で登っていくと、斜度も緩み、山頂に飛び出す。
(以降時間記録無し) 山頂は、雪が無かった。展望も全くない。湿った風は強く、寒い。ガスが切れた、やっと確認できた北面台地
 いよいよ南面へ入り込むため、泊まり岩方面への夏道を行く、がそのつもりだったが直ぐ急な雪付きのルンゼとなり、間違えたと判断し山頂まで引き返す。やはり赤ペンキの→がかろうじて残っているのを見過ごしていた。道標通りに下ると実に急な岩稜帯を下る。25000図に記されているルートとかなり違うような気がする。ここを越すと、左右に雪が平に拡がっている所にでるが、全く視界が無いので、その先がどのようになっているか不明である。左手側に雪峰の様な物が見えた感じもする。右手側はしばらく平坦の様である。ここで右手の方に入る。この先は、どうやら雪が付いている斜面の様である。陽も当たらない為、コチコチの斜面で、スキーで転倒するとどうなるか解らないので、アイゼンを付けて下降を開始した。左右に拡がる斜面の左手側が泊まり岩方面と判断して行く。ところで火山のためか磁石は全く当てにならないようだった・・・???。
 くだり初めて、同行の太田氏のGPSで確かめると、どうやら北面台地へ直に下っている事が判明。南面に戻るのも大変なので、そのまま北面に行くことし、どんどん下っていく。
が、2000m辺りで、だんだん斜度がきつくなり、先が見えない位まで落ち込んできている。やむなく、左手側の灌木帯に入り、その向こうの斜面に入る。ここも急斜面で、体を雪面側にし、慎重にキックステップとアイゼンで下る。ここが一番の緊張する部分であった。しばらく行くと斜度も緩んで、ガスの下に出て、北面台地がパッと見渡せた。この斜面は北面台地にそのままつながっていることを確認し、ホッとした。斜面をトラバースし、適当な所で、やっとスキーを着けることが出来た。
 斜面は固いが、エッジを利かせてターンをしていく。ここでおばさん一人に出会う。一人で笹倉から焼山の往復とのこと。この悪天でよくもまぁと思ってしまった。後は、笹倉温泉目指してひたすら下るのみ。
 笹倉温泉に入浴後、バスで糸魚川に出て、妙高高原まで電車が無いので新井まで電車、後はタクシーで笹ヶ峰に戻った。り車を回収したのは、夜の8時30分。今回の山行は、かんなりしんどい山行となったしまった。