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蝶ヶ岳(テレマーク、冬山登山)

1997年1月4.5日 上高地、蝶ヶ岳テレマークツアここで撤退
 何年か前の正月に登った蝶ヶ岳の記憶からして、結構滑れそうな印象があったので、正月にテレマークを楽しみながら穂高の展望を得るために行くことにした。出発点は、いつもの通り坂巻温泉手前のトンネル。4.5日の日程なので車の駐車も少なく大半の登山者は下山したようである。
 97年正月の上高地にはほとんど雪が無く、河童橋辺りでは、小石が浮き出ておりスキーが使えないぐらいである。それでもだましだまし林道を徳沢に向かって行く。ほとんど登山者に出会は無い。徳沢園はこの前年当たりから通年営業をしている様であり、冬季小屋の煙突から煙がでていた。それでも私は寄りつかず、一人でだだっぴろいテント場のど真ん中辺りにテントを設営した。10分ばかりいった徳沢で水が得られるのだが、めんどくさいので雪を溶かすことにした。 今日は私だけかな、と思っていたら午後遅くになって2人ずれがやってきた。どうやら小屋泊まりの様である。
 翌朝、長塀山経由で蝶ヶ岳に向かう。一応スキーを手に持って登った行った。初め急な斜面にはスキーで滑れるだけの積雪は無い。しかし、標高が上がるに従い積雪も増えて、板を持ってきた甲斐が有ったもんだと思う。しかし、気になるのは天気である。今日はだんだん天候悪くなる様である。青空も次第に曇天となって行く。時間的にも朝寝坊してしまい今日中に家に戻らなくてはならないので登頂をあきらめて長塀山手前の標高2300mの樹林帯より滑り出すことにする。
 快適な疎林とは言えないが、結構滑れる。標高1800m程度まで滑り降りた。下部ではササの葉が露出している斜面を滑り降りた。相変わらず下り終えた徳沢園は静かである。テントを撤収し、林道を上高地へと滑らせる。林道はアップダウンがあり、ほとんど滑る事は出来ない。大正池を過ぎた辺りからは下りの斜度も付き、やっと快適に飛ばせる部分である。釜トンネルからは歩きで坂巻温泉となる。

1993年1月2、3日 蝶ヶ岳蝶ヶ岳より穂高を望む
 正月をやることも無く、ただブラブラ過ごすのはもったいないので上高地にでかけた。涸沢に入ろうかな、という感じ程度でテレマークの板をもってやってきたのであるが、さすが涸沢は厳しそうなので蝶ヶ岳に変更し先ずは徳沢園に向かう。
 アプローチで有効に使えると信じて持ってきたテレマークの板は思いの外、雪の少ない年であまり有効に使えたとは言い難い程度の活用であった。徳沢園のテント場は、林道近くに幕営した。
 翌朝は、まだ暗い内に行動開始。ヘッドランプをつけて長塀尾根を登っていく。2000m過ぎた辺りで太陽が出た。2300mで急登も終わり、緩やかな尾根を足速に歩いて行く。雪も深くなるが、ラッセルと言うまでは行かないのでスピードが緩むことなく9時過ぎに蝶ヶ岳ヒュッテの前に飛び出した。
 稜線では風が強く、吹き飛ばされそうである。先ずは冬季小屋の中に逃げ込む。誰もいなかった。体制を整えて瞑想の丘へと向かう。強風が凄い。瞑想の丘では、穂高連峰を写真に収め、無線で下界と交信する。快晴の中、穂高の頂からは、雪が吹き飛ばされて居るかのような雲がたなびいている。蝶槍まで行くつもりだったがあまり風が強いので、この辺で満足できたので下山することにした。
 徳沢園のテントの中で昼飯を頂いた後に撤収し、その日の内に長野の家にかえった。ほんとうに穂高連峰が美しかった。